心のクリニック



鬱病を始めとする心の病、それは個人の病気ではなく社会文明の病である。


世界総鬱時代
殺人経済社会での生活を余儀なくされている我々のほとんどは心を病んでいる。
皆様は 自分が正常だと言い切れるだろうか?
そう言いきれる人は たぶん殺人経済社会のマインドコントロールに罹っていて 感性が麻痺しているのかも知れない。
第一この社会自体が異常で病んでいるのだから。自己欲を求め流れる街のヒトゴミ。割り込みあうクルマの列。道端に捨てられるゴミ。壁やシャッターの落書き。殺し合う企業間。足の引っ張り合いをするだけの国会。国益、国益と自国の利益しか考えない国際関係。
心の病の一番の解決法は 社会自体を変えることだと考えている。しかし社会を変えるのは我々であってその我々が病んでいたのでは話しにならない。


I AM 鬱 TOO。???
私は精神科医でも心理学者でもなく、そういう知識も無いが 私自身の鬱であり 今まで医者や薬を頼らず 何とか乗り切ってきた。そんな経験が少しでも役立てば幸いである。
私は幼い頃から知能が遅れていて学校の授業は殆ど理解することなく育った。今でも読んだり計算したりがよくできない。
それでも今まで自分なりに好きな事を見つけて過ごして来た。しかし就職して社会に出ると 強い鬱病に襲われた。夢に見た社会ってたんてぐだらない世界なんだと幻滅する日々。
私は社会に背を向け週末はバイクレースとバイクツーリングにあれ暮れていた。暇だと鬱に襲われるのでとにかく走り続けた。止まると倒れる自転車のように。そんな頃知り合ったのがバイク屋の今村氏である。彼は見方によっては絶望的な人生を歩んでいるが 医者や薬に頼らず克服して来ており そのスジでは知識も明るかった。
彼は私にカーネギーの「道は開ける」という本をくれ 色々アドバイスもくれ 救われることになった。
今も鬱の波はやって来る。克服すると更に大きな鬱の波が、まるで神が私を試しているかのようである。お陰でかなり鍛えられた。
さあ、次のもっと大きな鬱の波よ、来い。


鬱の原因
鬱に対処するには先ず鬱の原因を知らないことには何も始まれない。
欝は かつて殆ど存在しない病であった。ひと昔前でも鬱は一部の変わり者だけが罹るとされていた。しかし現在は爆発的の増え続け 今や全人類総鬱時代を迎えようとしている。
私が思うに鬱の原因は 間違えなく殺人経済社会の構造そのものに他ならない。
ズバリ、目的を失った人は鬱に罹り易い。人間は止まると倒れる自転車の如く走り続けないと鬱に罹る性質を持っているらしい。特に今の若者は走りたくても その目的を見つけられず鬱になる者で溢れている。
目的を持っている者はどんなに辛い試練でも苦労を感じることも鬱にも罹ることも無い。今までの目的とは 出世し富を得て贅沢をすることだった。そのため人々は必死に勉強し働いた。
しかし今、走り続けた果てに 地球環境と競争経済の限界、精神文明の崩壊が迫り 今までの価値観が崩れ目標と心を失い 鬱が大流行したものと思われる。


鬱の解決法
真の解決法は社会そのものを変え 新しい価値観、目的を創造することである。くどいようだが鬱は個人の病ではなく文明の病なのだ。自己欲と自己利益追求の社会から地球規模で考えられる精神文明に移行する時期に来ている。それができた時 鬱は無くなるに違いない。
しかし社会を変えるのは我々一人一人であり その我々が鬱に病んでいたのでは
話しにならない。
実際には この殺人経済社会下で完全に鬱を治すのは困難であり できることは鬱と仲良く付き合う術を身に付け自己の精神をコントロールし社会を変える努力をすることである。


ボスザルの鬱治療法
私の治療法は自分でできることを考え実行することの積み重ねに他ならない。
医者や薬は あくまでもその場しのぎであって本当に治せるのは自分自身しかいないのが現実なのだから。

キーワード、それは自分らしく、ナニュラル(自然体)に・・・

今だけを生きろ!
よく苦労話の好きなオバサン、オジサンが居る。彼等は楽しいことを見ようともせず不幸を探して生きている。そんな幸せに背を向けている人は意外にも多い。
過去の後悔と未来の心配をして「今」を失っている人は死人である。我々が生きれる唯一の時は今をおいて他には無いのだから。また過去と未来を背負っていたら この身がもたない。
死ぬ時の心配は死ぬ時に心配すれば良い。我々は今日をいかに有意義に過ごすかを考えるべきである。

不要なモノは捨てまくれ!
自分に係る負担を極力軽減させるため不要な物や気疲れするだけの人間関係等この際、切ってしまおう。
ただし、恨んだり、喧嘩をしたりする訳ではないが好んで関わる必要も無いと思われる。

良い人をやめろ!
良い人を演じ、みんなに好かれようとすれば心に無理が来てしまう。嫌われても良いじゃないか。自分らしくナニュラルに行こう。
それでも自分に来てくれる人こそ真の友なのだ。

迷うな!
迷うという現象はまことに疲れることである。反対に迷いが無ければどんな苦難も苦と思わないものである。
できないことは気にせず、毎日できることをコツコツすることである。その積み重ねで徐々に未来が開けて行くものである。

本を読んでの治療
書店に行けば 鬱病に関する書物は幾らでもある。病院に行くより安上がりで節約家の私にとっては基本である。
しかしそれが出来るのは症状が極めて軽く心にユトリがある場合だ。つまり節約の基本は早めの対処ということになる。
購読自己治療の場合、読むだけでなく、実際の生活で本に書かれている内容を試し、効果があれば習慣にすることを1つ1つ積み重ねていくことである。(ただ読んで、”なるほどね”で終わってしまうケースが多い。)




カンダの鬱物語

殺人経済社会に生きる我々は日々、計り知れないストレスにさらされて多くの人々が心を病んでいる。
国内の自殺者は年間3万人。世界では100万人という信じ難い現実がある。
社会を変える第一歩は心の健康と考える。
肉体的な病気も殆どはストレスから起こると言われている。
人々は楽しい事や自己利益にばかり関心がいき、暗いイメージである心の健康には無関心な傾向にある。
そこでここでは「心のケア」を紹介しようと思う。


主人公 カンダは現代社会のストレスによって鬱病に掛かり、精神科で治療を受け回復を目指す物語であるが これは鬱病患者のみならず健康な方も是非読んで頂きたい。
鬱の学習はストレス解消術や人とのふれあい術等あらゆる面で役立つ筈?である。
尚、物語でふざけた表現もあり、不謹慎と思われる方も居られるかも知れないが暗い雰囲気を少しでも明るくするために あえて用いました。


第一章 鬱病の症状と相談場所

楽しかった学生時代から希望に溢れた就職。
しかし、それは私にとっては永遠の夜の始まり。この世の最期の黄昏に他ならなかった。
出口の無い暗黒の無限トンネルを果てしなくさまよい続ける。
いつか到達するであろうトンネルの出口に差し込む希望の光を求めて・・・・・



嫌々な付き合い。

私の名はカンダ。
殺人経済社会に生きる若き企業戦士である。
会社では不可能に近い営業ノルマを背負わされ、顧客に頭を下げ歩き回る毎日。
サービス残業で寝る時間さえ無く、収入も雀の涙ばかり。
社内でも飲み会でも金と出世と他人の悪口に終始する会話。
帰宅しても狭いボロアパートでカップラーメンをすすり、疲れ果て寝るだけの生活。
未来に何の希望も持てない生活が続き、私の心は病んで行った。


鬱の主な症状

心の症状

気分の落ち込み
気分が落ち込み、憂鬱なになる。
悲しい気持ちになる。
何の希望も見えなくなる。

意欲の低下
これまで好きだった事に興味や喜びが無くなる。
気力が低下して、何をするにもおっくうになる。
人付き合いも嫌になる。
新聞、テレビ等にも関心が無くなる。
身だしなみに関心を払わなくなる。

あせり・罪悪感
あせってイライラする。
根拠も無く、自分の責任と感じ、自分を責める。
過去の小さな事を思い出しては悩む。

思考力の低下
集中力が無くなり、能率が低下する。
物事の判断が出来なくなる。


身体の症状

睡眠
よく寝られない。
眠りが浅く、朝早く目が覚める。
朝、目覚めた時が一番憂鬱で辛い。
睡眠不足から、頭痛や肩こりに悩む。

食欲
食欲が無くなる。
何を食べてもおいしいと感じない。
体重が変化する。
胃がもたれ、むかつく。

自律神経
微熱が続く。
ドキドキ、眩暈がする。
息切れがする。
冷や汗や寝汗をかく。
身体がだるく、何をするにもおっくうである。
動いてもいないのに、すぐ疲れる。
身体の動きが遅くなる。
トイレが近くなる。
便秘、下痢に悩む。

ホルモン系
生理不順が続く。
性欲が落ちる。

以上の症状は誰でも経験するものだが鬱病の場合、長く続くのが特徴である。
もし2週間以上続くようなら鬱病の可能性もあるので気軽に相談しよう。

主な相談場所

相談場所 連絡方法
東京いのちの電話 電話番号03-3264-4343
最寄の保健所 電話で相談日を決め、無料で専門の医師から相談を受けれる。
民間のカウンセリング施設 インターネット等で最寄の施設を探す。
病院 鬱病を扱っているのは主に精神科、神経科、心療内科、メンタルクリニック等。
KANAウェーブ研究所 直接、所長にメール。専門家でないので期待出来ない。


第二章 いざ、精神科へ。治療の第一歩。

私の名はカンダ。
私は最寄の保健所でカウンセリングを受け、病院で治療を受けるように薦められた。
精神科へ行くというのは正直、凄く抵抗があった。
しかし、いざ行ってみると普通の内科と何ら変わらない。
良い薬もたくさんあり、なんでもっと早く行かなかったんだと後悔した。
精神科は誰でも気軽に行くべきところと思う。



精神科は心の風邪をひいたら気軽に行こう。

鬱病の治療
自分の症状と体質に合った抗鬱薬を医師と相談しながら探し、服用を続ける。
頑張るのやめ、何もしないで何も考えないで、先ずは休む事が最良の治療法。
生活に掛かるストレスや負担を極力減らすように努める。
※先ずは休んで抗鬱薬が効いて来るのを待つ。生活改善等の問題解決はその後の問題である。


鬱病は日本では約400万人の患者が居るとされ 予備軍は ほぼ全国民であり誰でも発病の恐れがあり、決して特別な病気ではない。
厚生労働省の調査では日本での有病率は6.5%で男性の4.2%に比べ女性は8.3%とかなり高めである。

極めて症状が軽い場合、生活環境の改善や気の持ちようでストレスを軽減させ治すことも可能だがある程度進行すると考える事も困難になり自分では手に負えなくなる。
一番重要なのは変なプライドを捨て他人を頼ることである。周囲に相談できる相手が居ない場合は専門のカウンセリングを受けたり、一番手っ取り早いのは病院に行くことである。
鬱病を扱っているのは精神科、神経科、心療内科、メンタルクリニック等が一般的である。
治療の内容は生活指導服薬が主である。(実際、生活指導やカウンセリングを上手くしてくれる医師は少ない)
抗鬱薬は脳内の伝達物質を活発にさせる効果があるが効果が出るまでには期間が掛かる場合がある。
鬱病治療は長期戦になることが多く忍耐も要するが治らない病気では決してない

病院に行く際は自己観察ノートを持参することをお勧めする。
これは日記のような物で どんな症状であるか?どんな悩みがあるか?そして良きアドバイスやアイデアを忘れる前に書き込むのだ。その際、解決法まで難しく考えずに先ずは問題点を感じたまま書くことである。病院に行った際にもこのノートがあれば効果的なカウンセリングや治療が出来る筈である。

病院は医師の良し悪しが全てともいえる。中には頼りなく何の説明も無くただ薬を出すだけの病院もある。
その場合、即病院を移った方が良い。その時、服用薬名、経過等、自己観察ノートに記入して次の病院で経過を伝えれば診察は合理的に運ぶ筈だ。
重要なのは自分が納得する治療を受けることである。

自殺を考える等、緊急の場合は先ず自分に係る負担を極力減らすことだ。そして解決を考えず、頑張ることを一旦、完全に放棄し病院で抗鬱薬を服用し、ゆっくり休養をとり回復を待つしかない。根本的な生活改善等の解決策はその後の問題である。

鬱の薬箱(抗鬱薬
抗鬱薬とは脳神経の伝達物質であるセロトニンノルアドレナリンの働きを活発にする作用があり、最近は開発も進みかなり効果があるという。

服用の注意点
効果が出るまで個人差があり、効果が無いといって慌てず気長に服用する。

抗鬱薬の多くは飲み始めに吐き気、眩暈等の副作用があるが殆どの場合、すぐに副作用は無くなるのが普通である。もし副作用が深刻な場合、医師に相談しよう。

薬の量は医師が判断するが普通、始めは少量でじょじょに増やし、治療後も再発防止を考え、念のため暫く服用するのが一般的である。不明な点があったらよく医師と相談しよう。

抗鬱薬は依存性、習慣性は殆ど無いので その点は安心である。
治療費(薬)は一般の風邪薬程なので それ程心配は無い。

抗鬱薬の種類                           主な特徴
SSRI 世界中で最もポピュラーな薬。飲み始めに吐き気、嘔吐、胃もたれ等の症状があるが比較的副作用が少ないと言われている。セロトニンのみに作用する。
SNRI セロトニン、ノルアドレナリン双方に作用する。
三環系抗鬱薬 鬱病の治療効果がある反面、体内物質アセチルコリンの働きを抑えてしまうため便秘、尿の出が悪い、口が渇くといった抗コリン作用と呼ばれる副作用が起こるのが難点。
非三環系抗鬱薬 三環系抗鬱薬の抗コリン作用と呼ばれる副作用を抑えた薬。副作用が少ない反面、効き目は三環系抗鬱薬に劣る。
抗不安薬 不安、緊張、イライラ等の症状に効果がある。
睡眠薬 鬱病患者の多くは不眠症に悩んでいるため、抗鬱薬と共に処方されるケースが多い。

社団法人 日本精神科病院協会
精神科医を活用する方法

多くの場合、病院に行けば抗鬱薬のお陰で脳の働きが活発になり、元気になる筈だ。問題はその後である。
カウンセリングをしてくれる優秀な医師も居るだろうが結局は自分自身で考え、生活を改善しなくてはならない。
そう、治療後は自分のペースで頑張る必要がある。鬱病患者に「頑張れ!」というのは死語ではあるが その時期が来たなら自分なりに無理の無いペースで頑張ってみよう。



第三章 生活の整理

私の名はカンダ。
精神科に通い、抗鬱薬を服用したが効果が無く、不安な日々が続いたが、医師と相談し、抗鬱薬を変えたりした結果、一ヶ月程でようやく効果が現れて来た。
身体のだるさは残るものの、考える力が少しずつ蘇って来た。
医師からは多少回復したからと無理せず、休養をとるように薦められたが、私は自分の生活の改善をするため無理の無い範囲で行動を起こした。
第一に始めたのが、精神的負担を出来るだけ軽くするために、今の生活で不要なもモノを徹底的に捨てまくる事であった。

捨てるモノ。それは
持ち物 自分の部屋にある要らないモノを徹底的に捨てスッキリさせた。
人付き合い 嫌われても構わないから嫌々な付き合いや負担になる付き合いは切りまくる。
過去と未来 過去の後悔と未来の心配を今背負っていたら、この身がもたない。今だけを生きる。


トンコの誘惑。

部屋をすっかり片付け、色々考えた結果、今の企業戦士では精神的負担が大きく、自分の性格にも合っていないという結論に達し、利害関係や人間関係による精神的負担が比較的少なく、自分のペースで仕事が出来る、タクシー運転手に転職した。
無駄なモノ、無駄な付き合いを切ったことで消費する事も無く、僅かな収入でも貯蓄額は増え、経済的ストレスからも開放され、5年後には1000万円貯まった。
その金で商売を始めるもよし、個人タクシーを目指すのもよし、家の購入資金にするものよし、田舎や海外に移住するのもよし・・・金があると人生の選択肢が広がり楽しい気持ちになれた。


カンダの家計簿

名目 金額 コメント
総売上 57万円 65万円は可能だが無理しない。
総支給額 31万円 頑張れば35万円位は可能。
所得税 1・1万円
厚生年金 2・5万円 本当に返ってこないだろうが。
健康保険・その他 1・5万円
手取り額 25万円
寮費 2万円 寮があると助かる。
光熱費 1万円 インターネット、携帯電話込み。
食費 3万円 インスタントでなく、米中心メニュー。
医療費 1万円 鬱治療に掛かる金額。
テコンドー会費 1万円
小遣い 2万円 清龍で一回飲んでも1500円程度。毎週行ける。
貯蓄 15万円 賞与を足せば5年で1000万円貯まる。

年間貯蓄200万円・5年間で1000万円。
月の貯蓄額15万円で一年で180万円。賞与の年間30万円がプラスされ、10万円は旅行や贅沢な買い物に当てたとしても年間の年間貯蓄額は200万円になる。

今の多くの人は金に苦しまされている。金との関わりを最小限にすればかなり開放される。
そのためには経済的欲求を控え、別の目的を探してはどうだろうか?


第四章 リラックス法

私の名はカンダ。
鬱病治療の経過も良好で、特に生活改善でストレスを大幅に激減出来たことにより、肉体的にもユトリが生まれ、運動をしたくなった。
近所にテコンドーの道場があったので、見学した後、入門した。
医師の言う通り無理せず、疲れている日は休み、マイペースで通った。
ここは老若苦男女問わず、稽古で良い汗を流している。
みんな面倒見が良く、ミットを持ち合ったり、助け合う。初心者ばかりの日等は上級者は自分の練習は出来ず、指導するだけになってしまうが、それでも文句を言う者は無く、それが当然と思っている。
かつての企業での利害関係の絆ではなく、ここでは金権利害抜きの心の触れ合いがあり、心の安らぎの場でもあった。



緊張して力が入っていては心身共にやんでしまう。

入門して最初の壁は稽古中すぐ疲れてしまうことであった。そのため他の者にも稽古の迷惑を掛けてしまうのが辛かった。
道場には年配の女性(オバサン)も居て頑張っているというのに。情けない・・・。
私は稽古後、チャオプラヤ師範に呼ばれた。

チャオプラヤ「何故、すぐ疲れてしまうのか分かるかね?」
カンダ「体力が無いからです。入門して間もないし・・・」
チャオプラヤ「違うな。君は稽古中、常に緊張し、身体に力が入りっぱなしで休まないからだ。
上手い選手は不要な力は使わず、いつもリラックスしている。
身体の力を抜いてリラックスした方が疲れないのは勿論のこと、素早い動作が可能になり、強い力も発揮出来るのだ。
それは全てのスポーツ、生活にも精通している。
心臓は常に動いているのに疲れない。それは同時に常に休んでもいるのだ。
リラックス法を知らない者はストレスも常に溜め込む一方なので、僅かなストレスでも心の病に陥ってしまう。
さて、君には先ず、リラックス法を伝授しようか。」


鬱に陥る人は精神的に弱いというより、ストレスを溜め込む一方でストレスを適度の抜き、ストレスとの付き合い方を知らない場合が多い。
リラックス法は人によって異なり、自分に合ったモノを探すとよいだろう。


第五章 メンタルトレーニング

私の名はカンダ。自分に合ったリラックス法を生活に取り入れ、次第に更なる意欲が生まれ、鬱病の根本的な原因である生活習慣や考え方を変えるためのメンタルトレーニングを行うようになり、鬱治療も最終段階に入った。
メンタルトレーニングはマイナス思考をプラス思考に考える癖を日頃から付ける訓練を地道に一つ一つ行うことの積み重ねに他ならない。頭で理解しただけでは鬱は改善されない。訓練を重ね、心に染み込ませることが不可欠である。


第六章 未来の夢にむかって(最終回)

私の名はカンダ。
あれから10年が経ち、私は今、海と山が美しい小さな村で所帯を持って、それなりに暮らしている。
午前中は配送業務、午後は農家の手伝いをし、夕方は村の学校の一室で子供達にテコンドーを無償で教えている。
都会と違って殆ど現金収入は無いが、生活費も殆ど必要としない。
古い民家を月8000円で借り、家族4人で充分過ぎる程生活が成り立つ。
米や野菜は近所の人が持って来てくれ、金の要らない助け合いの生活が営まれている。
この村には警察も鍵さえも不要な世界だ。
毎朝、海から昇る朝日を眺め、森のゆらぎを感じながら、のんびり暮らしている。
今から思えば、企業戦士の悩みで苦しんでいたのが嘘のようだ。
しかし都会の生活のお陰で数千万円という貯蓄が出来、消費世界と離れた今の私には一生掛かっても使い切れない額である。
また、人間関係の上で鬱病だった経験は行きていて多くの良き友にも恵まれた。

そんな幸せな生活を続けて行くうちに恵まれない人達のために何か出来ないか?と考えるようになった。
不幸な人をないがしろにして自分だけの真の幸福は得られないと悟ったのだ。
今はホームページを通じて世界の人々に訴えたり、身近なボランティア等に参加している。
確かに活動は小さく、「自己満足だけで何の効果も無い」と言う人も居るが、だからといって何もしないのでは・・・と思う。
自己利益でなく、次世代に私の活動を繋げて行きたいと考えている。


カネモチ三人組の崩壊。金という強い絆で結ばれていたのだが・・・

そんなある日、私の家にカネモチ社長が訪問して来た。
カネモチ「いやぁ、カンダ君、久ぶりだね。」
カンダ「社長!ご無沙汰です。」
カネモチ「あれから我が社は倒産してね。友人達も全て去って行ったよ。結局、ワシは金が無ければタダのスケベジジイでしかなかった。・・・君のホームページ、いつも見ていて励みになっているよ。そしてむしょうに会いたくなってね。」

カネモチ氏は全てを失って今まで見えなかった世界が見えてきたと言う。
私とカネモチ氏は金抜きの絆で結ばれ新たな人生のスタートをきるのであった。

ーTHE END-andーTHE START-

殺人経済からの脱出、移住計画
殺人経済社会にドップリ漬かった都会生活を離れ、地方や海外に移住を考える人は意外と多い。
しかし実際、移住しても殆どの人は、生活に耐えられず、また都会に戻っているのが現状である。
一概に言えるのは
失敗する人は、単に都会の生活から逃げたくて移住する人。
成功する人は、移住して何をするのか目的がはっきりしている人である。






よくある相談

Q人間はいずれ死にます。努力しても意味が無いように どうしても思えてしまい やる気が起こりません。どうしたら良いでしょう?
A確かに人間はいずれ死ぬ運命にあります。しかし死が全ての終わりというわけではありません。死は単なる通過点にすぎないのです。勿論目に見える物しか信じない人も居るでしょうが歳をおうごとに確かに存在するという事実を明確に感じるようになります。
問題は心霊科学を学んで死後の世界を知ることではなく 今の人生をどう生きるかなのです。

Q人生の目的を目的を持つことができません。
A今の若者が悩む一番多い問題です。悩みはゆとりがあるから生じます。今の時代、ある意味ゆとりがあるといえます。贅沢な悩みにも聞こえますが本人にとっては大問題です。
答えは何でも良いから何かをやることです。そうすれば目的がしだいに見えてくるものです。逆に言えば何もせずに答えが出るわけがないのです。

Q鬱の対処法はありますか?
A自己管理しかありません。鬱の波に決して逆らわず対処することです。プライドは捨て相談相手を確保し場合によっては医者に頼るのも良いでしょう。



私の抗鬱術は自然体

自分を知り、自分の居場所を確保する。
カッコ良さ、憧れに捕らわれていると現実の自分を見失う。自分の性格、能力に合った生活に心掛け、自分の個性を尊重し好きになる努力をする事。やむを得ず嫌な仕事を余儀なくされている場合は趣味や友人等、自分の居場所を確保する事。他人への依存度が高ければ高い程、居場所は狭くなり限られてくるので注意。

自分への負担を極力軽くする。
重荷になる物、人間関係を縮小する。「あいつ、付き合いが悪いな。」と嫌われる位がグット。嫌々付き合いの飲み会等 きっぱり断る勇気を持つ事。嫌いな人は憎まず、付き合わない様にする。出来ない事は無理せずきっぱり断る。断り方はソフトに、時には嘘も有効。悩みは一人で考えず相談相手を確保すると負担は飛躍的に軽減する。

頑張り過ぎずマイペースを貫く。
責任感が強く頑張る人は鬱に最も罹りやすい。出来ない約束はせず、無理の無いマイペースな生活を心掛ける事。
他人が自分をどう思っているかを気にしては とうていマイペースは保てない。プライドを捨て、「私は馬鹿だからこれが限界なんです。」と開き直ろう。

身近な目的を持つ。
何でも良いから身近な目的を持つと生活に張りが出来る。ただし、それは鬱がある程度回復し心にユトリが出来てからの事である。この際、無理な目的は控え、楽しい目的をみつける。
私はテコンドーで汗を流し、技が上手く出来る様に、そして昇級審査が身近な目的になっているが趣味の世界では妙な利害関係も無く自分の居場所にも良いことが多い。

自分に合ったバランスを考える。
片寄った生活をしていると心も病んでしまう。事務職の人はジムで運動するとか、月一回ハイキングを楽しむとか生活のバランスを考える。バランスは個人差が大きいので自分に合ったバランスを探すこと。


ストレスを軽減するアイデア

一番大切なこと。それは”人間らしい生活”をすること。
現代社会の生活は反人間的生活といえる。勿論、24時間 人間らしい生活は出来ないだろうが 人間性を回復できるひと時を工夫して作ってはどうだろうか?

リラグレーションショップ
ここ数年でリラックス効果を商品にした店は驚く程増えている。それだけ現代人は心を病んでいるのだろう。
音楽CD、香料、植木、食品、本、等様々であるが 特に多いのはエステショップ。中には下の世話までしてくれる 気持ちよく、いかがわしいのもあるがリラックス効果に徹したのもある。主に足裏マッサージで音楽、光、香りを駆使している。
しかし定期的に行くとなると金も掛かるので一度だけ行き、金を掛けずに自宅で応用できることは無いかを考えるのも手である。
因みに私は いかがわしいのは好きだが節約家のため滅多に行けない。

ペット
精神的な心の支えとしてペットを求める人が多いのも現代の特徴である。
人間が信用できない社会になってしまったこともいえるのかも知れない。確かにペットは人を騙したり財産を狙ったりすることは先ず無い。
ペットを求めるひとは寂しがり屋の傾向があるように思える。
大きく分けて犬派と猫派に分かれるところだ。本人の希望もあるだろうが地域や住宅事情も考えなくてはならず、一番重要なのは そのペットを幸せにできるかである。ペットは家族そのものなのだ。
因みに私は文鳥が好きである。

森林療法
森林が発する緑のシャワーを浴びるとリラックス効果があることは分かっている。理由は解明されてなく研究中だがドイツでは森林療法が保険適用の対象にもなっている程だ。何でも森の中でカウンセリングや精神的治療が行われるらしい。
しかしこの森林療法は自分でもできる。定期的に山に行けば良いのだ。大切なのは感受性を高めること。大自然の美、動植物の温もりを感じ、小鳥たちのさえずりや小川のせせらぎを聞き、五感をフルに感じることでリラックス効果を得る。
因みに私は満天の夜空を眺めるのが最高のリラグレーションである。

宗教
心の病を解決するために宗教に走る人は驚く程多い。これだけ社会が汚れきっていれば当然なのかもしれない。信じるモノがあることは幸いであり 心が落ち着くのも確かである。
しかし自分独自の考えを失ってしまう危険性がある。それに日本には何故か お金が掛かる宗教、お金が大好きな神様が多過ぎる。節約家の私には敷居が高すぎる。
私は宗教を否定はしない。聖なるモノの存在のお陰で我々が存在でき この世も存在していると信じている。
ここで宗教について述べるとトラブルの素なので述べないが 一人一人信じるモノは確かに必要であるし無くてはならないと思う。しかし信じるモノは人それぞれ違って良いと思う。
因みに私は「21世紀の選択」が聖書と心得ている。

自分の部屋の整理整頓
一番落ち着く場所は普通、自分の部屋である筈だ。そこで部屋を快適な場所にしようというのは自然の成り行きであり基本である。
先ず、要らないモノは捨て、すっきりさせ、整理整頓し使い易くする。リラグレーションショップ等で取り入れられるモノがあれば取り入れるのも良いだろう。自分に何が必要か考える力が必要だ。
因みに私は部屋の中でオートバイを磨いたり、眺めたりするのが何故か効果がある。

大声を出す。
社会生活の中で大声を出す機会はなかなか無いのが現状である。
私は自衛隊で体験入隊の経験者だか 自衛隊では一日中、大声を出さなくてはならず声が枯れる程だ。しかしストレス解消の効果はあると実感した。
因みに私は部屋で一人で歌を歌うという奇妙な行動をすることがある。金も掛からないし効果的だ。
カラオケ等で私の歌を聞いたことのある人は分かるだろうが私の歌の理念は音の表現力を最大限に駆使し、心もで吐き出すことにある。

スポーツをする。
もともと人間は草原で獲物を追う動物である。しかし現代社会において獲物を追いかける機会はなかなか無いのが現状だ。
殆ど運動をしない我々はよく考えると不自然な生活を余儀なくされている。
最近はダイエットと心のケアのために運動をする人は多くなった。一番大切なことは自分に合った運動をすることだ。
因みに私は打撃系格闘技が好きである。今はテコンドーを中心にしているが歳をとったらダンスを取り入れたカポエラや太極拳をやっていそうである。